落ち目のパナソニック/「超鈍感」発言連発!/楠見社長の「他人事」経営

「就任2年後に危機感を持った」「人は少し足りない方がいい」。驚くべき無神経発言連発。

2025年6月号 BUSINESS

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「なぜあんなに鈍感でいられるのだろうか」――。パナソニック事業会社の中間管理職の男性はため息を漏らす。パナソニックホールディングス(HD)23万人を率いる経営トップ、楠見雄規社長兼CEOのことだ。

目玉のM&Aに減損リスク

人員削減について「足りないくらいがちょうど良い」と発言し、社内をあきれさせた

Photo:Jiji

4月上旬、日本経済新聞が楠見氏のインタビュー記事を掲載した。パナソニック社内を白けさせたのが、「危機感を強く持つようになったのは、就任して2年ほど経ってから」との発言だった。「2年経つまでわからなかったの?」

パナソニックとソニー、日立製作所は電機の雄として、日本のエレクトロニクス産業を長くけん引する存在だった。しかし、ここ10年ほどでパナソニックの存在感は失われている。

ソニーはエンタメ事業に経営の軸足を移してエレクトロニクス事業を縮小し、プロ仕様のカメラや映像関連機器に集中することで安定収益を稼ぐ。日立も白物家電などを縮小し、送配電網と鉄道にITを組み合わせた社会インフラ企業へと脱皮した。

対するパナソニックの出遅れが目立つ。①注力領域を定め、②既存事業を整理し、③成長戦略を具体化していく――。改革過程を3段階で表すと、パナソニックは①の段階で立ち止まったまま。「改革は3周遅れ」といわれる理由がここにある。

時価総額がパナソニックの停滞を映し出す。4月末時点でソニーは23.2兆円、日立が16.1兆円。電機大手8社では三菱電機が5.8兆円、富士通が6.5兆円、NECが4.5兆円と続く。パナソニックHDは6番手で4.2兆円。上場廃止となった東芝を除けば、パナソニックの背後にはシャープ(5500億円)のみとなった。

楠見氏は1989年に松下電器産業に入社。研究開発畑を長く歩み、同部門出身の津賀一宏前社長に引き上げられる形でテレビや家電、車載機器などを担当してきた。社内評は「頭脳明晰で自信家。そのために周囲の声が届かない」で一致する。

周りが見えていないのは1月の晴れ舞台でも明らかだった。テクノロジーの世界最大の見本市、米CESで開幕講演に登壇。地球環境の大切さを語り、自社の技術を誇ってみせた。しかし欧米の主要メディアは楠見氏のスピーチを軒並みスルー。与党メディアの日経新聞が中身のない短い記事を流した程度だった。

楠見氏は社長就任の際に「戦略的に事業を入れ替えるポートフォリオ経営が最大の役割」と語り、事業構造改革を自身のミッションと定めた。

目玉の米ブルーヨンダー買収はソフトウエアを軸とする高収益企業へ生まれ変わらせるカンフル剤との位置づけだった。しかし、買収完了からわずか半年でブルーヨンダーのCEOが退任するなど経営は混乱した。買収表明から4年たった今も相乗効果は見えない。

ブルーヨンダー買収に投じた資金は累計8600億円。その「のれん」は約6千億円にのぼり、巨額の減損リスクを抱えた。

責任は、買収を主導したパナソニックコネクトCEOの樋口泰行氏が負うべきものだろう。マイクロソフト日本法人トップから古巣パナソニックに戻ったものの成果は乏しい。「口は達者で指示は思いつき。部下に責任を押しつけて涼しい顔」(中堅幹部)。こんな人物を重宝し続けるほど経営人材がいない。

楠見氏の判断力の欠如は、テレビ事業を巡る発言にも透ける。2月の決算説明会で「売却する覚悟はあるが、売却方針を決めたわけではない」と話した。さらに「売却を受けていただける企業はないと考えている」と言葉を継いだ。

韓国や中国のテレビが台頭し、パナソニックは赤字続き。それでも社内では「家電の顔」という意識が根強く、抜本的な改革に踏み切れなかった。決められない経営がかつての花形を「中国企業も買わない」お荷物事業に変えてしまった。

25年3月期の業績は家電や産業機器事業の停滞が響いて減収減益だった。他の電機大手と比べて成長力を持つ収益事業が乏しいのが重い課題だ。白物家電や住設設備は国内に依存し、産業機器や車載電池なども中国勢との厳しい競争にさらされる。

そもそも成長事業と位置づける車載電池が危うい。同分野は既に中国CATLが世界首位に立ち、2位は中国BYD。韓国財閥企業も上位に食い込み、24年の数量シェアでパナソニックは6位に沈んだ。わずか6年前のこと。パナソニックのシェアは23%で世界首位だったが、フォルクスワーゲン向けで強烈な失注をしたことなどが響き、24年は4%程度。競争から振り落とされつつある。

甲斐甲斐しく尽くしてきた米テスラもCATLや韓国LGからの電池調達を増やす。「車載電池はディスプレーに似た市場構造で、パナソニックも早晩稼げなくなる」(証券アナリスト)との疑念は拭えない。

経営改革の遅れを質す「社外の声」も力不足だ。パナソニックHDの取締役構成は、プロパーの社内取締役7人に対して社外取締役が6人。さらに取締役全員が日本人で、忖度のない外国人はゼロだ。旧知の経営者を社外取締役に呼び込む例もあり、海外売上高比率60%のパナソニックがグローバルな経営体制を整えているとは言いがたい。

ソニーや日立は社外取締役が過半を占める。ソニーは取締役10人のうち社外取締役が8人を占め、そのうち外国人が4人。日立は取締役12人のうち社外が9人、外国人取締役も5人いる。両社ともグローバル企業の経営経験を持つ取締役の声を経営に生かしており、パナソニックとは対照的だ。

「余裕は成長機会を奪う」

同社は5月9日に国内外で計1万人の人員削減を発表した。楠見氏は「同業他社に比べて販売管理費が極めて高く、固定費構造の改革は急を要する」と話した。その上で、「人員は少し足りないくらいがちょうど良い。余裕があれば創意工夫など人が成長する機会を奪う」と付言して社内を呆れさせた。

前任の津賀氏は12年から9年間社長を務めた。津賀氏は就任後に「普通の会社ではないことを自覚するところからスタートしなければならない」と語り、巨額の最終赤字を計上しながらも不採算事業の止血を決めた。

それから13年が経った。パナソニックは「普通の会社」になったのか。株式市場の低評価は変わらず、変化を拒む組織体質も残ったまま。

楠見氏は人員削減に関する経営責任を問われて「28年度に向けた経営改革を完遂するのが私の責任の果たし方だ」と話し、当面の続投を示唆した。コスト削減ばかりで成長戦略を示せぬ楠見体制のままでは電機の雄の没落を止められない。

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