日産対ゴーン「150億円訴訟」は誰のため/永井監査委員長の無責任体質

「監査委員会や社外取締役のメンツで意味のない訴訟を大枚はたいて続けている」と嘆く声も。

2025年7月号 BUSINESS

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監査委員会の永井素夫委員長(HPより)

5月号で社外取締役3人の弊害を特集した日産自動車。同社が元会長のカルロス・ゴーン被告(金融商品取引法などの罪で起訴)に約150億円の損害賠償を求めた訴訟が5年以上も続いている。勝訴しても逃亡中のゴーン被告から取り立てるのは困難と見られるが、なぜ訴訟を続けるのか。その理由を探ると、ここでも社外取締役の弊害が見えてきた。

「肝の証拠資料」提出なし

日産の関係者や発表資料などによると、車の販売不振で経営危機に陥った日産と包括提携したフランス・ルノーは1999年6月、副社長のゴーン被告を日産の最高執行責任者(COO)として派遣した。

2001年に社長兼最高経営責任者(CEO)に昇格したゴーン被告は工場の閉鎖、2万人を超える人員削減、系列調達先の半減などでコストカットを進める一方、経営陣への外国人登用やシステム開発の強化、海外販売網の再編などを通じて日産を復活させる。

99年に253万台まで落ち込んだ世界販売台数は、2017年にピークの577万台に達した。売上高と最終損益は99年の5兆9771億円、マイナス6843億円が17年に11兆9511億円、プラス7468億円となり、16年には三菱自動車工業を傘下に収めた。

「ゴーン被告は『カリスマ経営者』ともてはやされ、日産会長、ルノー会長兼CEO、三菱自の会長にも就いた。さらにルノーと日産の経営統合を目指したが、日産から業務実態のない姉に報酬を支払ったり、子会社にベイルートやリオデジャネイロの自宅を買わせたり、ルノーの事業を利用してベルサイユ宮殿で結婚式を開くなど、公私混同がひどくなった」と大手紙の経済記者は語る。

日産関係者や検察関係者によると、日産の監査役だった今津英敏氏が公私混同に疑問を持ち、米国系法律事務所レイサム&ワトキンスに調査を依頼。さらに東京地検特捜部に相談したことから、ゴーン被告は18年11月、金融商品取引法違反の疑いで逮捕され、日産、三菱自、ルノーは相次いで役職を解いた。

特捜部は19年4月までに、ゴーン被告を計4回逮捕。①10~17各連結会計年度の有価証券報告書(有報)に役員報酬を虚偽記載、②08年に私的な投資の評価損約18億5千万円を日産に付け替え、③この投資の信用保証で協力したサウジアラビア人実業家の会社へ中東日産から約12億8400万円を送金、④17~18年には中東日産からオマーンの販売代理店を経由し、実質的に保有するレバノンの投資会社へ約5億5500万円を送金という四つの事件で起訴した。①は金商法違反の罪、②~④は会社法違反(特別背任)の罪。

ベテランの司法記者は「2010年3月から報酬1億円以上の役員名と報酬額の開示が義務付けられた。ゴーン被告の報酬は年約20億円だったが、ルノーやその大株主のフランス政府に知られたくないので、年10億円前後に減らして有報に記載し、退任時に10年度以降1年当たり約10億円をまとめて受け取る仕組みを作った。特捜部はこれが有報の虚偽記載に当たるとして①を立件し、法人の日産も起訴した」と解説する。

ゴーン被告は2回目の保釈中の19年12月、プライベートジェットに積まれた大きな箱の中に隠れて関西空港からイスタンブールへ出国し、その後はレバノンに住んでいる。

日産がゴーン被告を横浜地裁に提訴したのは2020年2月。当初の請求額は100億4223万円(千円・ドル以下切り捨て、以下同じ)だった。

その内訳は▽有報訂正の法律事務所費用522万円と110万ドル(提訴当時、1ドル110円)、会計事務所費用2億596万円、▽①で起訴された法人の弁護費用2億2868万円と50万ドル、▽①を巡る米国証券取引委員会との和解金1500万ドル、▽和解の法律事務所費用3億761万円と465万ドル、▽③を巡って子会社が支出した1470万ドル、▽内部調査と損害額算定の法律事務所費用2億1216万円と1054万ドル、会計事務所費用13億905万円、調査会社費1143万円などだ。

同年11月の第1回口頭弁論で、ゴーン被告側は請求棄却を求め、日産の請求額はその後、米国の集団訴訟での和解金約50億円が積み増しされた。

「日産は、レイサム&ワトキンスなどによるゴーン被告の不法行為や取締役の善管注意義務違反の調査費用を損害として請求しているが、肝心の調査報告書を訴訟に提出せず、何をやったのかわからない。米国の集団訴訟でも、調査報告書を提出せずに和解した。公にしたくない内容が含まれているので、出せないのかもしれない」と前出の司法記者は見る。

永井委員長の無責任体質

訴訟では、刑事免責と引き換えに、検察にゴーン被告が有報への虚偽記載などを主導したと供述した、大沼敏明元秘書室長らの証人尋問がこれから行われる見通しで、あと数年はかかるという。

司法記者は「勝訴して認容額を取り立てるには、レバノンの裁判所で日本の裁判の承認と財産差し押さえの手続きが必要となる。可能なのだろうか。また日産が訴訟で損害と主張する法律事務所費用や弁護費用は億単位。訴状には、日産の代理人として明治時代に創立された岩田合同法律事務所の弁護士11人が名前を連ねているが、今回の訴訟には同様に億単位または数十億円の弁護士費用がかかっているのではないか。再び経営危機の日産にそんな余裕があるのか」と首をかしげる。

日産に対しては、海外の約100の機関投資家が計約344億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴。ゴーン被告も名誉を傷つけられたなどとして、日産など3社の関係者に10億ドル以上の損害賠償を求め、レバノンで裁判を起こしている。

一方、日産はゴーン被告の事件を教訓として、2019年の株主総会で、経営の執行と監督を分離し、監督は過半数が社外取締役の指名、報酬、監査各委員会が担う指名委員会等設置会社となった。

会社法の規定で、指名委員会等設置会社が取締役や元取締役を提訴するときは、監査委員会が選定する監査委員が会社を代表する。ゴーン被告は、日産の独立社外取締役で監査委員会委員長の永井素夫氏の名前で提訴された。

永井氏は強く推したエスピノーザ新社長を実現して「影の社長」と揶揄されたり、ホンダとの経営統合交渉で出身母体のみずほ銀行の意向を受けて執行に関与し「独立性」が疑われたりしていると5月号で報じた人物だ。

日産ホームページの役員メッセージで、永井氏はゴーン被告らの責任追及について「監査委員会の責務として一丁目一番地…株主総会でも『(元会長の逃亡で)このまま終わるのか』といった質問を受けましたが…責任をもって(民事訴訟に)取り組んでいきます」と話している。

日産の関係者は「監査委員会や社外取締役のメンツで意味のない訴訟を大枚はたいて続けているとすれば、またもや全体状況や先のことを考えない日産の無責任体質の表れに他ならない。そもそも日産に指名委員会等設置会社は適していない」と嘆いている。

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