トヨタ・ウーブン「街開き」/豊田父子の輝かしき「伝説づくり」

何が成果になるのかさえ見えない実証に、トヨタ内部からも疑問の声が上がっている。

2025年11月号 BUSINESS

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ウーブンで花火を見上げる豊田父子。壮大なプロジェクトがはかなく散らないことを願ってやまない。(トヨタイムズHPより)

構想発表から5年9カ月。トヨタ自動車の実験都市「ウーブン・シティ」(静岡県裾野市、以下ウーブン)での実証がついに始まった。東富士工場の閉鎖が決まり、2018年に豊田章男会長(当時社長)が「未来を作る実験都市をやろう」と言ったことがきっかけで、ウーブン構想は動き出した。ウーブン・バイ・トヨタでシニア・バイス・プレジデントを務める章男氏の長男、大輔氏が主導する創業家肝いりのプロジェクトだ。

トヨタが移動に関わる様々なサービスを提供する「モビリティカンパニー」への転換を図るため、東富士工場跡地に街をゼロからつくり、自動運転などの先端技術を磨く実験の場で、東京ドーム約6個分の土地に住居や店舗、実証施設、テストコースを整備する。

致命的な実証の出遅れ

「この街に引っ越して参りますマスター・ウィーバー(住人)の豊田でございます。世話を焼くのが大好きな自称・町内会長、近所のおじさんと思っていただければと思います。やはり、ここは町というより、未来のためのテストコースです。あれをやっちゃダメという人ではなく、あれやってみたいを誰より大きな声で言う人かなと思っております」──。

9月25日に開かれたウーブンの「街開き」を祝うイベントで、法被姿で現れた章男氏は、招いた関係者や住民、報道陣に声高らかに、こう挨拶し、会場を盛り上げた。

ウーブンでは、実証を行うトヨタのグループ企業、外部のパートナー企業や起業家、芸術家、アーティストなどを「インベンターズ(開発者)」、実験に参加する住民や訪問者を「ウィーバーズ」と呼ぶ。ウィーバーはトヨタの源流である豊田自動織機の発明に由来し、「Weave(=織る、編む)」から。まずはトヨタグループ12社、外部パートナー7社の計19社で始動する。自動車以外の業界からの各社の強みも取り入れ、新しい製品やサービスを生み出す狙いがある。

公開されたのは、全体の約6分の1に当たる第一期分で、住居8棟を含む建物14棟と地下空間の一部。地下空間は全建物へつながっており、ウーブン内の物流網として活用する。物流作業は地下で行われ、ロボットが荷物を受け取りに行き、各戸の玄関先まで配達する。

この日は、カーシェア用の車両を通信で特定の場所まで誘導する自律走行ロボット、1人で立ち乗りする小型電動三輪モビリティなどをお披露目。27年には特定条件下での完全自動運転「レベル4」のサービスを提供する予定である電気自動車「イーパレット」は動かさず、外部パートナー企業の日清食品が実証する栄養バランスを最適化した食事を提供するキッチンカーとして展示した。

トヨタが取り組む「未来の実証都市」ということもあり、大手メディアは大々的に取り上げ、豊田親子を持ち上げたが、その中身は期待外れと言えるものだ。章男氏が構想を初めて発表した20年1月の米ラスベガスで開催された世界最大の技術見本市「CES」から、はや5年以上。その間に海外勢の自動運転技術は実証にとどまらず、一部の都市とはいえ実用化も進んでいる。一方、トヨタは独自の街での実証をようやく始めたばかりで、出遅れ感は否めない。

米ウェイモは自動運転車1500台超を保有し、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど複数都市で実際に一般客がアプリで配車・乗車できるドライバー無しの自動運転タクシーの運行を始め、毎週25万回以上の有料乗車を提供している。衝突事故などの発生も報じられているが、対策や対応を施した上で、運行自体は継続中だ。26年にはアトランタ、マイアミ、ワシントンD.C.などでの展開準備も進めている。今年4月からは日本の道路・交通事情に適合させる情報収集のため、ドライバー付きながら東京都内での試験走行も始まった。

中国ⅠT大手の百度(バイドウ)も北京や広州など複数都市で実証・運行を始めており、四半期で百万回規模と大量の乗車実績も報告された。中国内の複数都市で一般利用が可能なロボタクシーサービスを拡大させている。

イベントの質疑応答で、大輔氏は実際の都市で実験を行うと「調整に時間がかかることが現実的にある」と釈明し、「安心安全なモビリティ社会をつくることができる場」であるウーブンでの実証に意義があると強調した。だが、ある自動車メーカー幹部は「実際の市街地で実験しないと意味がない」と冷ややかだ。トヨタ社員からも「シンガポールやドバイなど小さな国レベルでやらないとデータが集まらない。ウーブンレベルでやる意味が全くわからない」との声が漏れる。

ウーブンは「永遠に未完成の街」(章男氏)で、投資額や事業の収益性などの情報は開示されていない。章男氏は今年1月のCESで、ウーブンをつくった理由を「新しいアイデアで人々を幸せにする」ためだといい、収益はもたらさないかもしれないが「それで構わない」と話した。大輔氏も、いつ成果が出るかは「正直わからない」と説明。成果の中身も問われたが、具体的な言及はなかった。ある自動車業界関係者は「達成できないとマスコミに叩かれるから、事前に具体的な成果や目標を公表しないのでは。ウーブンは大輔氏がストレスなく経験を積むための彼の実践の場にすぎない」とみている。

集まらない住民

今後、どれだけ参画企業が増えるかも不透明だ。米国で構想を発表したが、海外からの参画企業はまだない。ダイドードリンコによる取り出し口しかない自動販売機、UCCジャパンによる創造性や生産性に与えるコーヒーの影響など、外部パートナー企業による実証の多くが、現時点ではトヨタが位置づける「モビリティ・テストコース」との関連性は「薄いとみられ、違和感がある」(同関係者)。

住民も想定通り集まらない可能性がある。将来は約2000人が暮らす計画で、第1期は360人が住む予定だったが、実際は300人にとどまる。トヨタ社員は「単身では行けるが、子供も一緒に家族で移住するのは、かなりハードルが高い」と打ち明ける。基本的にトヨタ社員はエリート層。ウーブン周辺に充実した教育機関がなく、移住に腰が引ける社員が多いという。そのため、手当を充実させ、応募を呼びかけているようだ。取引先にも募集をかけるが、反応はイマイチだ。

トヨタ内部ではウーブンは将来のトップ候補として期待される大輔氏の「レジェンドづくり」と見る向きが支配的。大輔氏がウーブンを通じて、モビリティカンパニーへの転換に貢献することで、ステップアップしていくストーリーが容易に想像できる。ただ、何が成果になるのかさえ見えない実証に、トヨタ内部からも疑問の声が上がっている。

9月25日は裾野まで拝める富士山が青空によく映える晴天だった。イベントの最後は「街開き」を祝い、ウーブンの名の通り、織り重なるように打ち上げられた花火が夜空を彩った。豊田父子の壮大なプロジェクトが花火のように、はかなく散らないことを願ってやまない。

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