深層レポート/「ホンダ-日産」協業交渉が再加速/裏で揺さぶるトヨタ

このままではホンダと日産は共倒れ。統合話復活は国益に適うが、経産省の動きは鈍い。

2025年11月号 BUSINESS

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エスピノーサ社長の気が緩んでいるという観測がある

Photo:Jiji

日産自動車の2025年4~6月期決算は最終損益が1157億円の赤字となった。赤字は4・四半期連続だ。収益性の高い商品がないことや、工場の稼働率低迷などが影響している。

協業交渉が再加速

26年3月期通期での業績の見通しは、国内自動車メーカーの中では唯一、利益を「未定」としている。今後、リストラに伴う大規模な特別損失の計上が予想され、その内容がまだ決まっていないため、見通しが出せないと見られる。

日産の業績が当面回復しないことは、経営陣自身が織り込み済みだ。5月13日に発表した経営再建計画「RE:NISSAN」では、27年度までの3年間は工場閉鎖などコスト削減に徹していくことを決めているからだ。日産は18年までの「ゴーン経営」時代に世界で700万台の生産能力構築に動いていたが、それを250万台に落としても収益が出る体質に変えていく計画。4月から日産を率いるイヴァン・エスピノーサ社長は社内外で「いま成長戦略を打ち出しても誰からも信じてもらえない」と語っているという。

一方、水面下ではホンダとの協業交渉はかなり議論が深まっている。2月13日に経営統合交渉は破談になったものの、日産が新体制になって以降、ビジネスベースでの協業交渉は加速した。特に、自動運転など車の知能化と、「トランプ関税対策」のための米国での協業という2プロジェクトは年内にも話がまとまり、発表される流れができつつある。この協業がまとまれば、両社は再び経営統合交渉に向かう可能性が高まる。

世間一般では「日産とホンダは社風が違うので、両社の経営統合や協業はうまくいくはずがない」といった指摘がある。しかしこうした見方は、ホンダの創業者である本田宗一郎氏はベンチャー精神にあふれていたが、日産はかつて労組幹部が会社を支配していた企業なので、合うはずがないといった40、50年前の話を根拠に論じられているように見受けられる。実は両社はともに組織が官僚・硬直化している「昭和型大企業」であり、今の社風は非常に似ている。

さらに言えば、24年に両社は共に中国・BYDにグローバル販売台数で追い抜かれ、技術面でもテスラなど新興勢力の後塵を拝している点でも似ている。

日産の赤字は報じられるが、ホンダも赤字だ。EV事業での損失が響き、25年4~6月期決算で四輪事業は売上高が3兆5439億円ありながら296億円の営業赤字を計上している。一般にはあまり知られていないことだろう。売上高は9515億円にとどまるものの1890億円の営業利益(売上高営業利益率約20%)を稼ぐ二輪事業があるから今のホンダの経営は成り立っていると言ってもいい。

日産がもはや単独では生き残れないことは明白だが、ホンダの四輪事業も同じと言えるだろう。このままでは両社は将来的に世界市場で競争力や存在感をもった形で生き残ることはできないだろうという点も共通しているのだ。

そこで両社が生き残りに活路を見出したのが経営統合だった。経営統合が成立すればスケールメリットなどにより両社の営業利益の合計は数年で1兆円規模、10年スパンでは3兆円規模の増加が見込まれた。台数規模でもトヨタ、独VWに次ぐ世界第3位の自動車連合ができた。

これは国益にも適った。日本の自動車メーカーの集約が進むからだ。スバル、スズキ、マツダ、いすゞはトヨタ自動車から出資を受ける広義のトヨタグループだ。これに対し日産とホンダが経営統合すれば、日産から出資を受ける三菱自動車もその枠組みの中に組み込まれる。そうなると、日本の自動車産業はトヨタと非トヨタグループの2つに集約され、下請け企業の再編集約も進むだろう。

しかし、日産の経営陣の意思決定の遅さと、統合を急ぐホンダの交渉の稚拙さが相まって結局は破談となった。両社が本格的に組めば再び世界に伍していける競争力を持つことは今でも変わりない。むしろ中国勢など新興勢力の台頭を見れば、経営統合を再び急ぐ局面にある。

自動車関連企業のある役員はこう語る。「日産とホンダの経営統合を最も嫌ったのがトヨタ。賢いトヨタは両社の統合シナジーを見抜いており、両社が組むと、足元をすくわれる可能性があると見ているようだ」

ホンダと日産の交渉が破談した2月13日、トヨタ首脳が日産の内田誠社長(当時)に対し、「うちで何か助けられることはありませんか」と電話をかけてきたという。当時の日産の経営陣や日産の経営に大きな影響力を持つみずほ銀行は、トヨタと組んでもシナジーはない、という判断に至ったようだ。

しかしここにきて、再びトヨタが日産に食指を動かしている可能性がある。ホンダと日産の経営統合交渉に関わった関係者から「トヨタがエスピノーサ社長に何か囁いているのではないか」と漏れ伝わってくるのだ。ずばり、いざとなれば、トヨタが日産を助けるという意味だ。

この関係者は「エスピノーサ氏の危機感が薄らいでいるように見える」とも言う。日産の財務状況は、「今の業績が続けば、キャッシュはあと2、3年で尽きる」(アナリスト)との見方が出ている。それ故に、固定費、変動費の削減にエスピノーサ社長は躍起になってきたが、トヨタが助けてくれる可能性が出てきて、改革の手綱が緩んだのかもしれない。

藤木次官を社外取に

トヨタグループ以外に世界で戦える自動車企業グループが日本に残ることは国益にも適うのだから、経済産業省が日産とホンダの経営統合をもっと後押しするべきだろう。しかし、同省の動きは鈍いように見える。

自動車産業担当の経産省製造産業局長の伊吹英明氏は「目立つことを極端に嫌うタイプ」と省内で囁かれている。今年7月に事務次官に就いた藤木俊光氏も、仕掛けるタイプではないと省内では見られている。また、霞が関の中では「経産省は次官経験者をいずれトヨタに天下りさせたいので、トヨタが嫌う政策は進めないのではないか」と穿った見方も出る始末だ。

トヨタは今年6月の株主総会で、社外取締役だった元経産次官の菅原郁郎氏が退任し、後任に元財務省事務次官の岡本薫明氏を起用した。経産省は岡本氏の後任に藤木氏を送り込むことを目論んでいるとの見方も浮上しており、トヨタを脅かしかねない「自動車連合」成立のお膳立てをすることなどはもってのほかなのだろう。

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