「モバイル発火」事故多発/最大手「アンカー」の宿痾

従来の「媚中」政策と距離を置く高市早苗首相の就任当日、経済産業省が中国製モバイルバッテリーをやり玉に。

2025年12月号 BUSINESS

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モバイルバッテリーの発火実験(東京消防庁HPより)

10月13日に閉幕した大阪・関西万博(2025年日本国際博覧会)で必携の「三種の神器」は強い日差しを遮る日傘と、行列待ちの間に座る折りたたみイス、そしてスマートフォンを充電するモバイルバッテリーだった。万博会場での滞在時間は長く、WEB検索や動画撮影の頻度が高いためスマホがバッテリー切れしやすい。スマホが使えなければ電子チケットの提示やパビリオン予約、QRコード決済もできず、身動きがとれなくなる。SNS上では「万博に行くならモバイルバッテリーを忘れるな」という書き込みが溢れた。

累計100万台超に不具合

東京・銀座のアンカーストア(HPより)

家電量販店エディオンがまとめた関西圏(大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山、滋賀)におけるモバイルバッテリーの売れ行きは前年同月比で3月が約150%、4月は約170%、5月は約200%だった。万博の来場者数増加とモバイルバッテリー販売動向は連動していた。MM総研の調査では2024年度のスマホアクセサリー市場は5325億円で、そのうちバッテリー関連(モバイルバッテリー、ACアダプター、SDメモリーカード等)の合計は1149億円と試算し、28年度には1604億円まで増えると予想している。

日本国内のモバイルバッテリー市場でトップシェアを占めるのは中国・長沙市に本拠を構える安克創新科技(アンカー・イノベーションズ)の製品。BCN総研によると、2024年度にアンカーは販売台数ベースのシェアが32.3%に達した。米グーグル出身のスティーブン・ヤン氏が2011年に創業した。当初はラップトップPC向けの交換バッテリーを手がけていたが、成長著しいスマホに着目し、その充電に使うモバイルバッテリーにシフトした。

ヤン氏は販売チャネルをアマゾンに絞った。ファブレス企業だが「中国メーカーでありながら従来の中国メーカーの当たり前を踏襲してはいけない」をモットーに品質管理担当者を取引先企業の工場に張り付け、不具合があれば製造ラインを止める権限まで持たせた。ネガティブな製品レビューがアップされると即座に対策を講じた。

グーグル時代に検索と広告の最適化を担当するサーチエンジニアだった経験も生かし、アマゾンの販売ランキングで1位を獲得。EC(電子商取引)の雄、アマゾンに「徹底的に乗っかる」販売戦略が成功し、アンカーはモバイルバッテリーのトップブランドになった。

モバイルバッテリーは小型大容量のリチウムイオン電池を内蔵している。蓄電容量が大きいということは、電池内部に蓄えるエネルギー量が大きいことを意味する。しかも電池内部に可燃性の有機系電解質が充満しているため、水系電解質を使うニカド電池やニッケル水素電池に比べて構造的に発熱・発火リスクがずっと高い。2020~24年の5年間で製品評価技術基盤機構(NITE)が把握しているリチウムイオン電池搭載製品の事故は1860件。このうち1587件が実際の火災事故につながった。

東京消防庁の調べでは、リチウムイオン電池による火災は14年に19件だったのが19年には102件、23年に167件と増加傾向が続く。23年の内訳を見るとモバイルバッテリーが44件を占めて最も多く、スマホの17件、電動アシスト自転車の14件、コードレス掃除機の13件と続く。

アンカーを分析した『ANKER―爆発的成長を続ける新時代のメーカー』(松村太郎著)で、創業者のヤン氏は「顧客の声をもとに製品を改善する際、品質上の重大な問題であれば、次の製造バッチから改善を加える」と語り、改善を1年後の新製品に盛り込むのではなく、検証も含めて早ければ2カ月で問題が解決された製品に入れ替わると紹介している。果たしてアンカーはリチウムイオン電池の発熱・発火という宿痾をクリアできたのか。答は否だ。

日本法人のアンカー・ジャパンは10月21日に22年12月以降に販売したモバイルバッテリー約41万台と、リチウムイオン蓄電池内蔵のスピーカー約11万台の自主回収を発表した。電極を切断する際に発生する粉塵が混入し、内部の絶縁体が破れてショートし、燃える恐れがあるという。

今年7月、静岡県浜松市のマンションの1室90平方メートルが全焼した火災は、リコール対象のアンカー製スピーカー「サウンドコア」が火元との見方が有力。今回のリコールとは別にアンカーは19年7月以降、モバイルバッテリーを中心に8回にわたり計約50万台を自主回収している。累計約100万台超の大規模な製品不具合が発生していた。

スマホ本体と違ってモバイルバッテリーは雑に扱われやすく、手元から落ちれば衝撃で絶縁破壊が生じるし、過充電・過放電や経年劣化も発熱・発火を招くが、それにしてもアンカーは数が多すぎる。今年に入ってリコール対象になった他のモバイルバッテリーは小米技術日本が107台、ビッグブルー・テックが258台、CIOが2万518台だった。アンカーが誇る品質管理体制にほころびが生じていた。

今こそ日本メーカーの出番

経済産業省は同日、アンカー・ジャパンに対し、行政指導を発動して監督を強化、年内をめどにリチウムイオン電池を搭載した全製品の点検や製造・品質管理体制の報告を求めた。販売事業者への行政指導は初めて。従来の「媚中」政策と距離を置く高市早苗首相の就任当日に中国製モバイルバッテリーをやり玉に挙げたところに経産省の忖度もちらつく。

経産省はアンカー製品から発火した重大製品事故として41件の報告があったことも明らかにした。これまでアンカーは一般消費者に対してオープンにしてこなかった。立志伝中のスティーブン・ヤン氏が率いるアンカーも「中国メーカーの当たり前を踏襲」していたのである。

アンカーへの行政指導だけでモバイルバッテリー問題は解決しない。国境を越えて通信販売を行う中国系の越境ECなどを通じて流入するモバイルバッテリーは消費生活用製品安全法などの規制対象から外れている。国の安全基準に適合したことを示す「PSEマーク」が付いていないものも多数流通する。発火リスクがあっても国内の業者が介在しないため、リコールが難しく、野放しになっている。

抜本的な対策は燃えにくいモバイルバッテリーの開発だ。リチウムイオン電池にはニッケル系、コバルト系、三元系など色々な種類があり、燃えにくいとされているのがリン酸鉄系だ。原材料費が安く、低コストで製造できるがエネルギー密度が低い(蓄電容量が少ない)のが難点だ。

リチウムイオン電池とよく似た構造のナトリウムイオン電池もある。ナトリウムイオンが正極と負極の間を移動することで充放電する。エネルギー密度はリチウムイオン電池に軍配が上がるが、電池内の発熱があっても熱暴走が起きにくく、発火しにくい。急速充電も得意だ。海水から得られるナトリウムは資源が豊富で安価なため安定供給につながる。

パソコン周辺機器大手のエレコムは2022年にリン酸鉄系リチウムイオン電池内蔵のモバイルバッテリーを発売した。今年3月には世界初のナトリウムイオン電池を使ったモバイルバッテリーを開発、発売した。価格は9980円。一般的なリチウムイオン電池と比べて寿命が10倍長く、50度からマイナス35度まで幅広い温度条件下で使える利点もある。

エレコム商品開発部の清水光則次長は「品質の良いモバイルバッテリーを正しく使えばリスクは減らせる」と話し、「リン酸鉄系リチウムイオン電池の性能向上はメドがつきつつある」と語った。

越境EC、何するものぞ。日本メーカーの出番である。

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