2026年3月号
DEEP
[核武装を希求]
by
倉澤治雄
(科学ジャーナリスト)

韓国の李大統領が贈った「金の王冠」
Photo:EPA=Jiji
2025年10月、韓国慶州を訪れた米大統領ドナルド・トランプに韓国大統領・李在明が贈った「金の王冠」は、7世紀に朝鮮統一を果たした新羅の古墳から出土した「天馬塚金冠」のレプリカだった。米韓同盟の「黄金の未来」という心地よい響きに、金を好むトランプは韓国の原子力潜水艦保有を承認するとともに、ウラン濃縮と使用済核燃料再処理を導入するプロセスに「支持」を表明した。数日後、トランプは返礼品として「黄金の鍵」を贈った。韓国が核開発の「鍵を開ける」との寓意が込められていたのだろうか?

攻撃型原子力潜水艦模式図
国家が核兵器を保有するために満たすべき条件は二つしかない。「意志」と「能力」である。「意志」とは核を保有するという国家および国家指導者の強い決意である。「能力」とは核兵器製造を支える技術力、資金力、そして人材力である。
韓国大統領・朴正熙は1972年、大統領官邸に非公開で設けられた武器開発委員会で核兵器開発を決定、1974年には極秘の核開発計画「890計画」を承認した。「稲妻計画」とも呼ばれた「890計画」ではフランスの原子力関連企業サンゴバンから秘密裏に再処理技術を導入する計画を立てた。
サンゴバンは茨城県東海村にある東海再処理工場の詳細設計で実績を有していた。またカナダからカナダ型重水炉(CANDU炉)の導入を企図した。天然ウランを使用するCANDU炉はインドが1974年5月に行った初の核実験「微笑むブッダ(Smiling Buddha)」でプルトニウム生産に使われた。しかし「890計画」は米国の知るところとなり、米国の強い圧力により計画は1976年に頓挫した。
朴正熙が核開発を目指した背景には在韓米軍の撤退問題があった。1969年、米大統領リチャード・ニクソンは「アジアの防衛はアジアで」との「ニクソン・ドクトリン」を発表、在韓米軍第7師団を中心に約2万人を1971年に撤退させた。「見捨てられる」との懸念に苛まれた朴正熙は「自主国防」の一環として核開発を目指したのである。以後、核兵器製造の基盤技術であるウラン濃縮と核燃料再処理は韓国が切望する技術となった。隣国日本が1988年に米国から「包括事前同意方式」を勝ち取ったことも韓国を刺激した。
東西冷戦期、韓国には最大950発の核弾頭が配備されていた。しかし冷戦終結に伴って、米大統領ジョージ・ブッシュ(父)は全世界に配備されていた戦術核兵器の一方的撤去を決定、韓国大統領盧泰愚は1991年12月18日、国内からの撤去が完了したと宣言した。1992年に発効した「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」で韓国と北朝鮮は、「核兵器の試験、製造、生産、接受、保有、貯蔵、配備、使用をしない」と約束した。しかし韓国が宣言を順守する中、北朝鮮は1993年に核兵器不拡散条約(NPT)から脱退、核開発への道をスタートさせた。
2006年10月9日、北朝鮮が初の核実験に成功すると、核武装を希求する韓国内の世論は高まった。ここ数年の世論調査を見ると、核保有の支持率は6割から7割超に達する。韓国統一研究院の23年4月の調査では60.2%、24年2月の韓国ギャラップの調査では72.8%、25年3月のアサン政策研究院の調査では76.2%と4分の3を上回る国民が支持する。支持の理由は「独自防衛能力」の確保が37%、「米国への不信」が28%である。
韓国大統領・尹錫悦は23年1月11日、北朝鮮の核問題が「さらに深刻になれば、韓国に戦術核を配備するか、韓国が独自に核を保有することもできる」と発言した。核拡散を恐れる米エネルギー省(DOE)はバイデン政権最末期の25年1月初旬、韓国を核技術に関する「敏感国(センシティブ国)」に指定した。
トランプと李在明が25年10月に合意した内容はホワイトハウスのファクトシートに次のように明示されている。「米国は二国間の123協定に従い、米国の法的要件にしたがって、韓国の平和利用のための民生用ウラン濃縮および使用済核燃料の再処理につながるプロセスを支持する」「米国は韓国による攻撃型原子力潜水艦の建造を承認した。米国は韓国と緊密に協力し、燃料調達法を含め、建造プロジェクトの要件を進展させていく」と――。
123協定とは米韓原子力協定を指す。米国原子力法123条は他国との原子力協力について、「保障措置の適用」「平和利用限定」「米国の事前同意」「物理的保護措置」など9つの条件を示していることから、二国間協定は123協定と呼ばれるのが習わしである。
26年1月9日、韓国は123協定改定に向けた対米交渉を目的として、外交部、科学技術情報通信部、産業通商部、原子力研究院(KAERI)、原子力安全委員会(NSSC)、原子力統制技術院(KINAC)が参加して、「韓米原子力協力タスクフォース(TF)」の第一回会合を開催した。26年1月26日には訪韓中の米国防次官エルブリッジ・コルビーが韓国外相趙顕、国防相安圭伯と会談した。コルビーは韓国が北朝鮮を抑止するうえで、「主導的役割を果たす意志を持っている」と評価した。会談ではウラン濃縮・再処理についても俎上に上ったと想像されるが、コルビーがソウル世宗研究所で行った講演では言及がなかった。

韓国原子力研究院
トランプ政権が原子力潜水艦の保有だけでなく、ウラン濃縮と使用済核燃料再処理のプロセスを「支持」したからと言って、直ちに核開発につながるわけではない。しかし韓国はすでに26基の原発を稼働させる技術力を持ち、パイロプロセシング法と呼ばれる再処理技術を長年にわたって研究している。米「軍備管理協会(Arms Control Association)」は25年12月1日、トランプ政権の決定によって、「核拡散のリスクが高まる」と懸念を表明した。また「原子力科学者会報」は「韓国の李大統領はホワイトハウスの核の果樹園から最も望んでいた果実を軽々と摘み取った」と論評するとともに、濃縮と再処理の容認は、「韓国に潜在的核保有国の地位を与えることに等しい」と批判した。
韓国には前科があった。実験室レベルではあるが、かつて秘密裏にウラン濃縮とプルトニウム抽出実験が行われていたのである。1982年4月から5月にかけて、KAERIの研究者数人が研究炉「KRR--2」から取り出した使用済核燃料2.5キロを再処理し、プルトニウム0.7グラムを抽出していた。使われた技術は「PUREX法」と呼ばれる「溶媒抽出法」である。日本の東海再処理施設や六ケ所再処理工場でも使われている。
2000年には同じくKAERIの研究者が原子法レーザー同位体分離法(ALVIS)を使ってウラン濃縮実験を行い、10%濃縮ウラン0.2グラムを製造していた。一部のサンプルは濃縮度が77%に達していた。ウラン濃縮とは天然ウランにわずか0.72%だけ含まれるウラン235を分離する技術で、ほかにガス拡散法、遠心分離法、電磁的分離法などがある。濃縮度20%未満は低濃縮ウラン、20%以上は高濃縮ウラン、90%以上は「兵器級」と呼ばれる。レーザー同位体分離法は分離係数が高く、数回のプロセスで高い濃縮度が実現できる。いずれの実験も国際原子力機関IAEAに未申告だったことから国際問題となったが、IAEAは「核開発の明確な意図はなかった」として不問に付した。
韓国は今や26基の原子炉が稼働する世界第5位の原子力大国である。2009年にはアラブ首長国連邦バラカ原発の建設を受注するなど、原発輸出にも力を入れる。しかしウラン濃縮役務をロシアに依存していること、使用済核燃料が累積していることから、ウラン濃縮と再処理は不可欠というのが韓国政府の表の主張である。26基が運転を終える40年間に使用済核燃料2万7千トンが積み上がり、直接処分の場所が確保できないことから、再処理技術は必須というのが韓国政府の言い分である。
朝鮮半島での核をめぐる状況も大きく変化した。北朝鮮は6回の核実験を強行、すでに7回目の準備が整ったとされる。核弾頭の小型化、多弾頭化を進めているものとみられる。弾道ミサイル(ICBM)技術も進化を遂げる。25年10月10日の軍事パレードで最新の「火星20型」が公開され、いつ発射実験が行われてもおかしくない状況となっている。「最終完成版」と自画自賛した「火星19型」に加えて、固体燃料の新型ICBM「火星20型」を開発する背景には、「再突入体」の完成度を高める狙いがあるものとみられる。「火星15型」以降、北朝鮮のICBMは米国全土を射程に収める。
韓国のウラン濃縮と再処理プロセスへの支持は、こうした背景の中で行われた。次のステップは米韓原子力協定の改定である。注目されるのは「包括事前同意方式」を米国が韓国に認めるかどうかである。認められれば日本と同等のポジションを獲得することになる。同時に世界からは「潜在的核保有国」とみなされる。またウラン濃縮について、原子力潜水艦の原子炉燃料問題と関連して、米国が提供するかどうかが注目される。
再処理については韓国が進めるパイロプロセシングを採用するのか、それとも実績のある「PUREX法」を導入するのか注目される。韓国はパイロプロセシングが「PUREX法」に比べて核不拡散に有効で、抽出したプルトニウムを韓国型ナトリウム冷却高速炉「Kalimer」で燃焼させれば、高レベル放射性廃棄物処分場の面積は100分の1となり、放射能の影響は30万年から300年に短縮できると主張する。
核兵器開発の視点で見ると、韓国が日本より優位にある点はCANDU炉を4基保有していることである。月城1--4号機のうち、1号機は運転を停止したが、2--3号機は現在も稼働中である。CANDU炉は純度の高いプルトニウム239の生産に適している。
米国は26年1月23日、国家防衛戦略(NDS)を公表した。コルビーが主導したといわれる。韓国に対するサポートは「重要(critical)」ではあるが、「より限定された(more limited)」ものになると書かれている。また北朝鮮に対する抑止の主たる責任は韓国にあるとしたうえで、「責任分担の移行は米国の利益と一致する」と書かれている。「移行」する「責任」に核抑止が含まれるか否か、明示的に示されてはいないが、コルビーは韓国の核保有を容認する立場と言われる。日本でも安全保障担当首相補佐官・尾上定正が「日本も核兵器を保有すべき」と発言して問題となった。朝鮮半島での動向とおそらく無縁ではないだろう。
「原子力科学者会報」の終末時計は人類滅亡までの時間が4秒進み、真夜中までの残り時間が85秒となった。会報が指摘するように「核の危険な坂を滑り落ちる」のか、理性と知性がそれを食い止めるのか、世界は瀬戸際に立たされている。(敬称略)