初の外国人CEO誕生/社内に不安が広がる「協和キリン」

特許の崖、共同開発企業の離脱、2年連続のリストラ…。ひときわお上品な会社に起こる異変の数々。

2026年3月号 BUSINESS

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3月にCEOに就任するアブドゥル・マリック社長(右)と宮本昌志会長(HPより)

「次の大型グローバル製品を生み出すことだ」

2月10日、都内で開催した決算説明会で、間もなく就任1年目を迎える協和キリン初の外国人社長、アブドゥル・マリックは居並ぶアナリストや記者を前に、自らの役割に関してこう力を込めた。3月には会長の宮本昌志から最高経営責任者(CEO)の座を譲り受け、経営を一手に掌握する。

協和キリンは2008年にキリンファーマと協和発酵工業が統合して発足した協和発酵キリンを前身とする製薬会社。キリンホールディングスが53.75%の株式を持つ上場会社だ。25年12月期の業績は売上収益が前期比13億円増の4968億円、コア営業利益が同77億円増の1031億円。主力品である骨の希少疾患薬「クリースビータ」が日米欧などで伸びたことなどから減収減益だった当初予想から一転、増収増益で着地した。売上収益、コア営業利益いずれも過去最高だ。

発表翌日の株価こそ反応したものの、業界関係者は冷たい視線を送る。後述する「パテントクリフ(特許の崖)」を乗り越えられず、経営危機に瀕した住友ファーマのようになるのではないかと一部では危惧されているからだ。昨年12月にはゴールドマン・サックス証券が投資判断を「中立」から「売り」に引き下げたこともじわりと響く。

協和キリンは「新薬メーカー」に分類される。「先発品」とも呼ばれる新薬の場合、一定期間、開発した製品の特許が守られ、競合が入ってこられないような仕組みを整えている。ただ、特許保護期間が終わると「後発品」または「ジェネリック」と呼ぶ安価な製品が市場に出回る。これにより、割高な先発品は一気に後発品にシェアを食われ、業績が落ち込んでしまう。これがパテントクリフだ。

パテントクリフは新薬メーカーにとって逃れられない。その唯一の克服策は新薬を出し続けることしかない。しかし、皮肉なことに売り上げが大きくなればなるほど、その反動で“崖”は深くなり、這い上がるのに苦労する。現在の協和キリンはまさにこの状況に陥りつつある。

足りない新薬候補

現在の協和キリンを支えているのはクリースビータだ。25年12月期の国内外の売り上げは2164億円。実に全社の半分近くを占める屋台骨となっている。だが、問題は間もなく特許が満了すること。32年には最大市場の米国で、翌33年には日本と欧州で物質特許が切れる見通しだ。つまりそこから先は売り上げがぐっと下がる可能性が高い。

当然、協和キリンもクリースビータの落ち込みをカバーする次の製品開発を進めている。それがアトピー性皮膚炎などの治療薬候補「ロカチンリマブ」だ。将来、2000億円を売り上げられる大型製品と位置付けている。最終段階の治験も終え、良好な結果を獲得し、後は26年上半期にも当局に薬事承認申請を行うだけというタイミングで異変が生じた。提携先である米国の有力製薬会社アムジェンが共同開発から降りたのだ。

協和キリンによると、その理由はアムジェンの「戦略的ポートフォリオの見直し」で、ロカチンリマブの有効性に疑問が生じた訳ではないとしている。

問題なのは、これによって今後の海外展開も協和キリン単独で行わなければならなくなったことだ。本来、企業体力に乏しいため、アムジェンと組んだのであり、必要なコストなどを分かち合うこともできなくなり、自社で全ての費用を負担しなくてはならない。とりわけ最大市場である米国での展開にマイナスに働くとみられる。

「そもそも皮膚疾患領域に強くない協和キリンだけでやっていけるのか」。アナリストからはこんな声も上がる。ロカチンリマブがメーンターゲットとするアトピー性皮膚炎では最近、有効性の高い新薬が相次いで出ている。競合薬よりもずば抜けて良い効果が出れば話は別だが、公表されているデータを見る限り、そうではなさそうで、 「競争の激しいアトピー性皮膚炎で勝ち残れる気がしない」との見方もじわりと広がる。

ロカチンリマブに続く次世代製品候補群が乏しいことも深刻だ。複数の新薬候補の開発を進めているものの、実用化間近の段階にある品目数が「足りない」と宮本も認める。「総じて力不足だ」と別のアナリストは斬って捨てる。ある段階まで進んできた新薬候補を他社から買ってくる手もあるが、開発には一定の時間を要することから果たしてクリースビータのパテントクリフに間に合うかは分からない。

「マリック体制」への不安

もっともアムジェンの一件が起きる前から、ここ数年の協和キリンが変調を来しているのではないかと業界内でささやかれていた。その一つが2年連続でリストラを行ったこと。24年には研究者らを対象に、翌25年には全社に広げて希望退職者を募った。とりわけ後者には400人以上が手を挙げ、全社の1割近くの人員が協和キリンを去ったと言われている。また、24年には中国の現地法人を香港企業に7億2000万元で売却し、同国での自社販売からも撤退するなど人や事業の整理も加速している。

極めつけが25年3月のマリックの社長就任だろう。

マリックは英国出身。英ブリストル大学で分子生物学の博士号を取得しており、仏大手製薬サノフィやスイス大手製薬ノバルティスなどを経て、18年に協和キリン入りした。英国子会社責任者を足がかりに出世を遂げ、23年に日本に来てからは海外事業を統括。前述の中国事業整理などの指揮を執ったという。人工知能(AI)などのデジタル技術を用いたマーケティングで「実績を重ねてきた」と同社関係者は明かす。

同じ製薬企業では武田薬品工業のクリストフ・ウェバーが外国人社長としては有名だ。「最早、オリンピックレベル」とOBが揶揄するような頻度で苛烈なリストラを行い、多くの人材が同社を辞めた。そのあまりの多さに、一時、業界内では“ヤメタケ”なる言葉が流行ったことさえあった。化学最大手の三菱ケミカルグループ前社長のジョンマーク・ギルソンも似たような系譜だろう。

こうした経緯を想起すれば、ただでさえも上品な製薬業界の中でも「ひときわお上品」(競合幹部)と評される協和キリンの社員が不安におののくのも当然だろう。マリック自身は「紳士」(同社OB)とも言われるが、名だたる外資を渡り歩いていることからも「やり手」であることは間違いない。中国事業を売却した鮮やかな手口を目の当たりにすれば「またもやリストラが行われるのではないかと心配する社員も増えている」と続ける。

そうした雰囲気を感じ取っているのか、希望退職者以外でも同社からは転職者が相次ぐ。広報部門では少なくとも2人が退職し、その穴埋めに親会社であるキリンから出向者が来ているそうだ。また、一部取引先に対し、支払いを延ばしているとの情報も飛び交っていることもきな臭さが増す。

もっともマリックにばかり、こうした惨状の責任を求めるのは酷だろう。アムジェンの件を除けば、パイプラインの乏しさをはじめとする課題には、長年にわたり、経営トップに君臨してきた宮本が解決すべきだった事柄も多いからだ。高額報酬をむさぼると批判されがちな外国人社長だが、案外、マリックは貧乏くじを引いたのかも知れない。

(敬称略)

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