世界を敵に回したイラン/米優位「早期停戦」のチャンス/by 平田竹男・元内閣官房参与

弱みを見せたイランの交渉態度は大きく変わり、アメリカがホルムズ海峡の管理に一枚噛む可能性も。

2026年6月号 POLITICS [泥沼脱出の期待]
by 平田竹男 (元内閣官房参与)

停戦交渉の鍵を握る最高指導者のモジタバ師

Photo:AFP=Jiji

イランはホルムズ海峡封鎖により世界のエネルギー市場を敵に回した。

2026年3月2日、革命防衛隊はホルムズ海峡封鎖を宣言し、あろうことか3月末にはイラン議会が1隻あたり最大200万ドルの通航料制度を法制化し、ホルムズ海峡を料金所化した。それまでの同情が消え去り、「被害者」から「加害者」となった。

そして、米国が機雷掃海・護衛艦隊派遣を「国際公共財の防衛」として正当化する絶好の口実を与えた。

イランは戦費調達やヒズボラ、ハマス、フーシ派などの支援のために原油輸出が必要でホルムズ海峡封鎖は避けなければならないはずだった。イランから石油の9割を輸入する中国もパキスタンの仲介を督励する。米国にとって、停戦合意を短期にやり切るチャンスが到来した。

そしてここには、アメリカの戦争に関する歴史的な構図の転換がある。ベトナム、アフガニスタン、イラク――。米国が関与した過去の戦争では、相手側が時間を味方につけ、米国の国内世論が疲弊するのを待てばよかった。「後ろが切れる」のは常に米国側だった。しかし今回は違う。ホルムズ海峡封鎖により、イラン自身の石油輸出が止まった。戦費調達もヒズボラ、ハマス、フーシ派への資金支援も、原油輸出なしには立ち行かない。輸出できない原油は貯蔵タンクで満杯状態になるが、深刻なのは一度止めた油井は再稼働に相当の期間を要する上、地層圧力の低下などにより生産量は戻らず自傷行為となる。時間制約を抱えているのはイランの方だ。中間選挙を抱えている米国が待てないのではなく、それよりも先に持たないのがイランなのだ。粘り強く構えれば、イランは経済的に持たない。

モジタバ師の承認を得た停戦交渉

初めて「待てる側」に立ったトランプ大統領

Photo:AFP=Jiji

米国はホルムズ海峡に依存していないし、欧州もホルムズ海峡依存は低い。ホルムズ海峡封鎖による途絶リスクはアジアの問題である。一方、欧米の関心は量の問題ではなく価格である。この構図はトランプ大統領の得意な不動産取引の交渉に似ている。売り急ぎの事情を抱えた売り手と、焦る必要のない買い手なら、条件は買い手が決める。停戦合意に向けた交渉において、今回初めて米国が「待てる側」に立った。弱みを見せたイランの交渉態度は大きく変わり、イラン戦争が泥沼化を免れる期待が持てる。アメリカがホルムズ海峡の管理に一枚噛む可能性も出てきた。

5月7日ペゼシュキアン大統領がモジタバ師と2時間半会談した。大統領は、モジタバ師について謙虚で誠実な姿勢が印象的で、信頼や冷静さ、共感に基づく率直な対話だったと述べた。イラン国憲法では革命防衛隊はモジタバ師の直下にあり、政府の指揮命令下にはない。対外的にモジタバ師の承認を得た交渉であることを示した。アラグチ外相がホルムズ海峡は封鎖しないと公に発表する中で封鎖を強行し、イランの立場を弱めた革命防衛隊を譴責し、大統領側が交渉権限を持てるかであろう。

気になるのが両国の交渉の進め方についてであるが、アメリカとイランの交渉態度は全く違う。前置きはなく能率的な時間の使い方を重んじるアメリカと、私の経験したイランとは相当違う。

筆者は、資源エネルギー庁石油天然ガス課長としてアザデガン油田の利権交渉に加え、30億ドルの石油輸入代金前払いを担当した。前者は外国企業への採掘利権付与を明示的に禁じたイラン憲法第81条の制約からバイバック契約(外国の石油会社が油田開発の資金と技術を負担する代わりに、生産された原油の一部を市場価格で買い戻す契約方式)という建付けの中で、とかく不利になりがちな投資利益回収を日本側企業のために最大化するための交渉。一方、後者はアメリカのイラン制裁を回避する中で金融ではなく石油の購入代金を前払いする契約構成のための交渉だった。この二つの異質な交渉を同時に行ったのだが、日本での膨大な準備作業と関係者との調整を行い、夜行便でテヘランに到着した私たちを迎えたイラン側から切り出される最初の会話は常に、長い時候の挨拶であった。日本の季節のこと、家族のこと、日本を取り巻くニュースのことを延々と質問される。ここをぐっと耐え、丁寧に返答し、こちらもお返しにテヘランの気候、家族などを質問する。先方から本題に移ることを待つのが常であった。

そして忘れられないのが交渉の机の上には必ずキュウリが置いてあったことだ。イランにおいてキュウリはフルーツと扱われているのだ。イラン人は、技術にも数字にも法律にも強いが何と言っても精神的にも屈強で数時間連続して交渉しても顔色一つ変わらない面々であった。私たちは何度もキュウリの水分に助けられた。

そして、あれほど柔らかなスタートの交渉であるが、進展するうちに本当に驚くことがあった。今から思うと、色々な制約の中でイラン政府も最大級の石油鉱区に対し前例のない経済条件を実現することにチャレンジしてくれていたのだが、交渉の途中で私たちの要求に対し石油省ホセイニ次官が激高し、ガラスの机を叩き割り、右手が血みどろになったことがあった。慌てて包帯をする段取りを手伝い、ブレイクとなったが、イラン側のこの交渉への情熱を感じた場面でもあった。

UAE「OPEC離脱」は大きなプラス

UAEのモハメド・ビン・ザーイド大統領(左)とネタニヤフ首相

Photo:CNP/Jiji Press Photo

2000年のハタミ大統領来日時にアザデガン油田の経済条件と優先交渉権が合意されたが、エクソンモービルとも制裁解除の際には一緒に進めることを話した。当時のロイヤルダッチシェルのフィル・ワッツ社長も本件のためにわざわざ来日した。スーパーメジャーにも革命後のイランへの再参入案件としては一定の評価がされる経済条件を得た。2004年INPEXが75%の権益を取得したが、残念ながら06年に10%に自発的縮小し、10年に完全撤退し、その権益には中国企業が参入した。ロシア制裁の中でしばしばサハリンが話題になる時があるが、日本が撤退すると中国が取る。サハリンでは踏みとどまって欲しい。

さて、今回のイラン戦争で日本は様々な悪影響を受けているが、プラス面で大きなものを得た。それはUAE(アラブ首長国連邦)のOPEC離脱である。UAEはアラビア半島の南東部に位置し、北はホルムズ海峡に面しているが、東はオマーン湾に面しており、石油をフジャイラ港からホルムズ海峡を通らずに輸出できる。

筆者は、2000年末アザデガン油田の優先交渉権獲得直後にADNOC(アブダビ国営石油会社)を訪ねた。日本側の持つアッパーザクム油田権益の条件改悪を阻止するためだ。ユーセフ総裁と会談したのだが、驚くほど態度が変わっていた。会話が進むにつれ、「アブダビと日本の事はとにかく、イランとどうやったのか、どう進むのか、を教えて欲しい」「あの彼等はどういう態度だったか、話してください。」キョトンとした私に、優しい顔で「平田さんは知らないのでしょうが、イランは私達の仮想敵国なのです」。その後しばらくたったある日、最高石油会議で一旦決定された筈の条件改悪が撤回された。イラン交渉の妥結の湾岸諸国へのインパクトを感じた。

UAEは2004年にモハメド・ビン・ザーイド(MBZ)が皇太子に就任以降安定的に躍進している。空軍パイロットからUAE軍参謀総長という経験を活かし、14年湾岸諸国で異例の徴兵制を導入し、NATO作戦参加など実戦経験を持つ中東のスパルタと呼ばれる軍事国家に変貌させた。ドバイは中東の金融センターとなり、年間訪問者数は世界トップクラス。そしてアブダビにはルーブル美術館があり、NY大学やソルボンヌ大学を持つ。サッカーではマンチェスター・シティFCの常勝軍団化にも成功した。

そして、何と言っても歴史的な業績は2020年のアブラハム合意である。それまでのパレスチナ問題の解決無しにイスラエルとの国交正常化は無いというアラブ世界の原則を覆し、トランプ政権の仲介でイスラエルと国交を樹立した。そして米国よりイラン抑止のためのF35獲得などを得た。

大変ありがたい非OPEC集団の誕生

イランの攻撃を受けたUAEの首都アブダビ

Photo:AFP=Jiji

2022年にMBZは首長及び大統領に就任した。26年2月イラン戦争勃発によりイスラエルのアイアンドーム部隊が4月、世界で最初にUAEに配備され、今や世界で最もイスラエルに近い国となった。逆にアルダフラ空軍基地を米軍に提供しているUAEはイランから最も爆撃を受けた国になった。空港、アルミ工場、石油タンカー、フジャイラ石油精製施設、ドバイのOracleデータセンターなど被害は甚大で、イランから受けた爆撃規模はイスラエルへの爆撃を上回った。

一方、石油面での業績も大きく、UAEはこの10年間で生産能力を日量300万バレルから485万バレルまで増加させた。OPECの割り当ては342万バレルであり、その差143万バレルが浮いていた。イランとOPECという同じグループにはいられないこと、サウジアラビアとの主導権争いとの見方もあるが、この生産能力拡大を見ると長い間周到にOPEC離脱を目論んでいたと思う。

日本にとってはホルムズ海峡を通過しないUAEが日本への輸出を拡大し、そしてUAEが世界のスウィングプロデューサーであることは好ましい。UAEからの輸入は中東依存であるが、ホルムズ海峡依存ではない。ここが国民に分かりにくい。今後はメディアや政策当局は単純に「中東依存」と言わず「ホルムズ海峡依存」という表現にして欲しい。

今後はサウジアラビアも紅海のヤンブー港にシフトする。 サウジアラビアとロシアが結託し2016年にOPECプラスを創設した際に世界シェアは53%あったが、25年には46%に低下してきたところにUAEが脱退した。アメリカ、カナダ、メキシコ、ノルウェーに生産増加余力のあるUAEとベネズエラを合計すればOPECプラスの機能は失われる。そしてこれらの国はホルムズ海峡を通らない石油だ。日本には大変ありがたい非OPEC集団の誕生となる。ここに新体制のイランが加われば圧倒的だ。これでドル通貨圏は堅調になり、中国の元通貨圏構想は打撃を受ける。

さて、アメリカの背後にいるイスラエルのエネルギー基盤であるが、天然ガスは自給し、石油はアゼルバイジャン、カザフスタンなどから調達しホルムズ海峡依存はない。イスラエルにとってイラン戦争の終結ポイントは核開発阻止が重要であり、レバノンにおけるヒズボラ、ガザにおけるハマスの活動抑制が重要となる。

ネタニヤフ首相は、フィラデルフィア郊外で育ち、MITの学部で建築学、スローンスクールで経営学を学び、イスラエル国防軍の精鋭特殊部隊に属した。エリート教育と軍歴の組み合わせが彼のキャリアの土台であるが、同首相にはスキャンダルがあり、現在進行中の刑事裁判が3件ある。こうした裁判への対応を避けるため、2023年10月のハマスによる祝日の奇襲攻撃を事前に知りながら放置したとの疑いもかけられている。

また、「裁判を長引かせるためにイラン戦争を利用している」という疑惑も根強い。これだけスキャンダルを抱えながらも国家緊急時を理由に政権を維持し続けているネタニヤフ首相は完全な終戦を望まない。このような背景を知るにつけ感じることは、地理的な制約ならともかく、イスラエルのネタニヤフ首相の背景やイラン革命防衛隊の動きに敏感になったり、アメリカの民主党、共和党の政権交代の度に政策の急転換に振り回されるのではエネルギー安全保障とは言えない。

「三つのチョークポイント」への備え

世界最高水準の環境対策と発電効率を両立させた磯子火力発電所(電源開発動画より)

日本は、世界の中である国や人間の意向に関わらない安定的なエネルギー基盤が必要である。そう考えて自らの足元を見ると、そもそも中東依存を減らすという大目的を掲げていながら、逆に中東依存が増えていた日本がいる。1967年には91.2%であったが、1987年には67.8%にまで改善していた。にもかかわらず2022年には95.2%にまで高まっていた。これは、ロシアなどからの輸入の減少で云々と説明されるのだが、何故中東依存がここまで高くなっているか。民間企業だけでこれを解決し得たのか。日本のエネルギー政策の基本方針は、中東依存を低減することのはずだった。それが現実には逆方向に進んだ。この事実に対し、日本はもっと根本的に反省をしたい。長らく言われ続けたホルムズ海峡危機への備えが足りなかったのだ。それでは、マラッカ・ロンボク海峡は大丈夫なのか。南シナ海のチョークポイント(海上貿易の要衝)リスクは大丈夫なのか。 ホルムズ対策を講じても、マラッカ・ロンボク海峡や南シナ海への備えがなければ意味がない。日本のエネルギー安全保障は、この三つのチョークポイントを同時に想定した設計でなければならない。

他国を参考に丁寧に備えを増したい。その際、中国政府のエネルギー安全保障政策の優れた部分に敬意を払って見るべきである。再生可能エネルギー、パイプラインやLNGによる天然ガス確保、原子力発電、電気自動車など多くの点でエネルギー安全保障政策の先進国である。イラン戦争による石油価格高騰でこれまでの中国の諸政策がより実り多いものとなる(詳しくは拙著『世界資源エネルギー入門』[東洋経済新報社]参照)。イスラエルの「備え」も尊敬に値する。日本と同様に困難な周辺国に囲まれながらもエネルギー安全保障を確立し、急激に世界で存在を拡大している。

再エネ、電池が国防上大切だが、今回のイラン戦争でさらに教訓を得たのは中東依存の激しいナフサ対策、即ちナフサの輸入先の多様化と備蓄スキームの確立の必要性だ。多くの企業が困っている上、政策のメニューに乏しい。日本は中東産原油を国内で精製し生産するナフサだけでなく、ナフサ輸入の多くを中東に依存している。ナフサの備蓄を戦略的に積み増すべきだ。そして中東に偏ったナフサの調達先を、今こそ多様化すべきである。ナフサを使う石油化学、誘導品メーカーの先には半導体など重要産業が存在するが、まさに日本の心臓部であり、基幹産業への備えとなる。チョークポイントリスク由来の部材はカンバン方式を用いず敢えて一定の在庫を持つべきだ。

堂々と進めるべき「石炭の延命」

そして、忘れてならないのが、石炭である。エネルギー安全保障の観点から、石炭火力発電の一定量の維持は不可欠だ。欧州に石炭の延命との批判があるが、イラン戦争を踏まえて、むしろ日本が逆に堂々と進めるべきは石炭の延命である。緊急時に石油・ガスの供給が止まっても、石炭があれば電力を維持できる。石炭は備蓄も可能であり、チョークポイントリスクも殆どない。日本の石炭火力発電は排出量も多くはないが、アンモニア混焼を積極的に進めるべきである。温暖化対策と安全保障の両立を、現実的に追求する時が来た。

欧州の教条主義的な批判として地球温暖化対策上、石炭は相対的にCO²排出量が多いがロシアの隣国ポーランドにまでそれを言うのかと思う。そもそも石炭火力発電にも色々な種類があり、日本の石炭火力発電はCO²排出量も低く安全保障と両立するに相応しいものである。

今回のホルムズ海峡封鎖による途絶リスクはアジアの問題であり、アメリカや欧州は依存していない。アジアのためにインド、東南アジアと連携し、アジアで効率の良い石炭火力発電の展開とアンモニア混焼を軸に、安全保障にウエイトを置いて加速すべきである。

エネルギー政策において「選択と集中」はマイナスだ。地球温暖化対策に全振りすべきではない。日本の金融機関は、ESG投資の潮流の中で石炭関連への融資を自主規制 してきた。金融庁はこの規制を見直すよう指導すべきだ。

また、石油備蓄量を東南アジア諸国との連携のもとに展開することも重要である。 そして、備蓄量の積み増しであるが、アジアに広がる日本企業のサプライチェーンの為にもASEANワイドの備蓄体制の充実が望まれる。アジアを助けるためではない。自国のために必要だ。

1973年の第一次オイルショックで国際原油価格が約4倍に急騰し、日本国内のガソリン価格も急騰して国民生活を直撃した。その混乱が収まらぬ中、田中角栄内閣は翌74年にガソリン暫定税率を、続く福田赳夫内閣は78年に石油税を新設した。価格高騰下でさらなる負担増を強いる政治的リスクを冒しながらも、道路整備と石油備蓄という二つの国家的課題を税制で同時に手当てし、エネルギー安全保障の基盤を築いた。今から振り返ると政治的には度胸のいる局面であったと思うが、こうしてエネルギー安全保障政策が築かれたのだ。今こそ胆力のある政治が求められる。

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著者プロフィール
平田竹男

平田竹男

元内閣官房参与

早稲田大学教授 ハーバード大学ケネディスクール行政学修士、東京大学工学博士。1982年通商産業省に入り、資源エネル ギー庁石油天然ガス課長などを歴任。2013年~21年まで内閣官房参与(文化・スポーツ健康、資源戦略担当)を務める。