文科省が「抜本強化策」/「天翔ける夢」高専パワー/ロボットもAI社会実装も

2026年10月号 BUSINESS [「DCON」に脚光]

最優秀賞を獲得した豊田工業高等専門学校

今、文部科学省で高等専門学校(高専)の在り方を巡る議論が熱を帯びている。

国内では2030年に最大79万人のIT人材が不足すると見込まれ、人工知能(AI)をはじめとする高度デジタル人材の確保は国家的課題だ。産業界や教育界の要望を受け、文科省は6月、有識者による「高等専門学校の機能強化に関する検討会」を設置し、高専制度の抜本的な強化策を議論し始めた。

高専と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは、学生がユニークなロボットを製作して競う「高専ロボコン(アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト)」だろう。1988年に始まり、NHKが年に1度放送する長寿番組としても親しまれている。

高専は、中学校卒業後の15歳から入学できる5年制の高等教育機関で、実践的な技術者やエンジニアの育成を目的とする日本独自の教育システム。学生は早い段階から大学の理系教育に匹敵する内容を学び、5年間かけて体系的な知識と技術を身につける。「早期に長期に」が売りだ。そんな高専は高度経済成長期に経済界などから中堅技術者育成の要請を受け、1962年に開校された。全国に58校(国立51校、公立3校、私立4校)、約5万3千人が在籍する。同世代の約1%にすぎないため目立ちにくいが、東京大学や京都大学など旧帝国大学の理学・工学・情報系の学部生を合わせた約3万5千人を上回る、日本最大規模の理系学生集団でもある。

続々と「公立・私立高専」新設構想

企業評価額5億6千万円!

国立高専の難易度は地域の公立進学校に次ぐ水準ともいわれる。8月の全国高等学校麻雀選手権大会では、東京工業高等専門学校のチームが優勝し、都立屈指の進学校である東京都立小石川中等教育学校が2位に。専門教育だけでなく、多様な場面で力を発揮する学生層の厚さを示す一例だ。

検討会が見据える方向は明確だ。社会的な需要の高まりを追い風に、公立・私立高専の新設を促し、工学系中心だった教育領域を農業、コンテンツ、デジタル分野へ広げる。さらに、高専卒業者に大学卒と同等の学位を認める制度も検討されている。

その期待は各地で具体化している。昨年の川崎市長選では現職が市立高専の設立を公約の一つに掲げて当選した。滋賀県では2028年春に県立高専の開校が決まり、愛知県と福岡市も29年春の公立高専の開校を目指し準備が進む。高専出身でIT企業フラーを創業した渋谷修太氏も私立高専の設立構想を持ち、ほかにも複数の地域で計画を温めている関係者はいる。

先行例が、名刺管理ソフトなどを手掛けるSansanが2023年、徳島県神山町に開校した神山まるごと高等専門学校だ。授業料は5年間無償。デジタルを軸に起業家を育てる教育は、卒業生がまだいない段階から在学生の起業を生み、各方面から視察が相次いでいる。自民党の文教政策に詳しいベテラン秘書は「地元で高専設置の機運が高まり、そこに関われば票になる。一方、大学は再編・統合で縮小が避けられない。票にならないから関わりたくない」と本音を明かす。少子化のなかでも、高専は地域政策として成長への期待を集めているのだ。

なぜ、同じ少子化に直面しながら、高専と大学でこれほど差が生まれるのか。背景には、大学教育への強烈なアンチテーゼがある。理工系やデジタル分野は、大学の専門課程(20歳過ぎ)に入ってから本格的に学ぶより、10代後半の5年間で実験や製作を重ねる方が実践力を育てやすい。

「DCON」実行委員長の松尾豊東大大学院教授

高専生を高く評価する東京大学大学院の松尾豊教授は、研究室で積極的に実験する学生に出身高校を尋ねると、高専出身者が多いことに驚いたという。高専生はまず手を動かすのに対し、大学受験を突破して東大に進んだ学生は文献探しから始める。高専教育は、大学教育が本来担うべき実践を先取りしているのだ。松尾教授は高専生を「日本の宝」と呼んで憚らない。こうした評価は大学現場にも広がる。「研究室に高専出身者がいると、研究室全体が活性化する」という教授の声は少なくない。従来、旧帝国大学や東京科学大学、電気通信大学などの国立大学が高専からの編入生を受け入れてきたが、近年は早稲田大学や慶應義塾大学も編入制度を設けている。

高専生が学ぶ16歳から20歳は、創造性が伸びる「ゴールデンエイジ」。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏、メタのマーク・ザッカーバーグ氏、デルのマイケル・デル氏、ソフトバンクグループの孫正義氏はいずれも19歳で起業した。普通高校から大学へ進むルートでは受験に力を注ぐ時期に、高専生は専門分野を集中的に学び、試作と失敗を繰り返せる。

高専ロボコンの生みの親の一人、故・森政弘東京工業大学名誉教授は、この世代には常識に縛られない柔軟な発想があると説いた。重要なのは奇抜さそのものではなく、既存の知識を組み替え、目の前の課題を解く力である。例えばたった1本の1.5V(ボルト)の単三乾電池を3Vにも4.5Vにもパワーアップできる術を知っている。この乾電池を糸のこぎりで輪切りにすればいいことを思いつく。乾電池を2等分して直列にすれば3Vに、3等分すれば4.5Vになる。言われてみればコロンブスの卵だが、こうした柔軟な発想がゴールデンエイジにはある。

「DCON」参加チームから創業15社

1988年から全国放送の長寿番組となった「高専ロボコン」

その才能が具体的に表れる舞台が「DCON(全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト)」だ。高専生がAIとものづくりを組み合わせ、社会課題を解決する製品やサービスを開発し、事業性まで競う。単なる技術コンテストではない。実機の完成度、アイデア、市場性を評価し、現役のベンチャーキャピタリスト(VC)が企業価値を実戦さながらに算出する。高い評価を得れば、起業への道も開ける。今年5月の全国大会には40高専から119作品が応募し、10チームが本選に進んだ。

▽視覚障害の高齢の家族と暮らす実体験から生まれた、AIを活用して障害物を避けるシルバーカー(手押し車)を開発(久留米高専)▽日常生活で交わされる会話の声の揺らぎから認知症の兆しを察知する機器(沖縄高専)▽倉庫内の火災を早期に検出して消火発動を早める無人消火システム(同)▽飲食店の混雑具合の把握と食材の廃棄を目指したシステム(沼津高専)などプレゼンだけでもわくわくする。その中で最優秀賞を獲得したのが豊田工業高等専門学校の「Kanro AI」が開発した「Pipe Eye」。老朽化した下水道による道路陥没に着目し、直径約15~20cm小口径管を自走しながら、搭載カメラと画像認識でひび割れなどを検出する点検ロボットである。円柱形の小型ロボットが管内を進む姿は、言わば下水道版の内視鏡だ。

優秀な高専生なら、深層学習によって管のひびを学習させる技術自体は形にできる。Kanro AIが一歩進んでいたのは、下水道管を検査した距離に応じて課金する事業モデルまで考えた点だ。日本の下水道管は総延長約50万km。標準耐用年数の50年を超えた管は現在約7%だが、2032年には約19%、2042年には約40%に達するとの試算もある。点検需要が拡大するほど収益につながる仕組みで、企業評価額は5億6千万円と算出された。審査員は「堅牢なハードウエアを作り込み、ビジネスモデルも斬新だ。一刻も早く起業してほしい」と評価し、起業資金として賞金100万円を贈った。リーダーで電気・電子システム工学科5年の目次遙真さんは「日本の水インフラを守りたい。1年以内にプロダクトを完成させ、実際の現場で活用されることを目指す」と語る。高専の魅力については「大学受験のための勉強をする必要がなく、自分がやりたいことに集中できるところ」と答えた。高専教育の神髄を見事に言い当てた。DCON出場チームからは、これまでに少なくとも15社が生まれている。

地域創生の「ソーシャル・ドクター」

高専が社会課題を解く力を持つ理由は、全国各地、とりわけ地方に根を張っていることにもある。人口減少、高齢化、インフラの老朽化、農林水産業の衰退といった問題が日常の風景として「見える化」され、学生は暮らしの中でその深刻さを実感する。東京や大阪の都心だけでは得にくい気づきである。国立高等専門学校機構は、地域社会で実践的な技術とイノベーションを用いて課題を解決する高専生を「ソーシャル・ドクター」と呼ぶ。地場産業との連携も密接で、地域企業が学生のものづくりを支えることも珍しくない。高専は人材育成機関であると同時に、地域創生の拠点でもある。

エンジニアの仕事は未来をつくることだ。ありたい姿、あるべき姿を自ら定め、そこから現在へ逆算するバックキャストの力を、高専生は実験と実装を通じて身につけている。社会課題を見つけ、技術に落とし込み、事業として持続させる。高専教育の価値は、この一連の流れを10代から経験できる点にある。

ただし、経済界には今なお、高専生を単なる即戦力とみなす企業が多い。熟練技術者の高齢化を背景に、手を動かせる若い人材への採用意欲は強いが、優秀な高専出身者を保守・メンテナンス部門だけに固定すれば、その創造性を生かし切れない。求められるのは、現場力を評価するだけでなく、研究開発や新規事業の中核を担わせる発想だ。高専の機能強化は学校数や学位制度の議論だけで完結しない。産業界が彼らをどう迎え、どこまで挑戦の機会を与えられるかも問われている。「日本の宝」を宝の持ち腐れにしてはならない。

還暦を越えた高専――。文科省の有識者会議は令和の高専教育の作り方に知恵を絞ることになる。

記事の無断転載・複製を禁じます © ファクタ出版